2017年8月18日金曜日

感心するほど徹底した実用性重視の携帯型扇風機

真夏に屋外で行動するというのは大変です。ただ外を歩いているだけでも汗をかいてしまいます。うちわや扇子が手放せません。
現代では、高効率のモーターや高密度のバッテリーの進化もあって、ハンディタイプの扇風機というものがあります。
以前その手の商品を購入したことがあったのですが、羽がむき出しになっているため、収納と安全性を考えてペラペラのナイロン製でした。やわらかい羽では回転すると空気抵抗に負けて寝てしまうので、しっかり風をかくことができず、十分な風量を生み出せません。これでは使いものにならないと思ってゴミ箱にしまっておいたら、いつのまにか、なくなっていました。まあ、そんなものかと思っていたのですが、最近、頻繁に屋外に出かけるようになると、さすがに暑さに我慢ならなくなってきました。うちわは持ち運びに不便だし、扇子は耐久性がなくてすぐに傷んでしまいます。そもそもそういう人力のものではすぐに腕が疲れます。
あらためて調べてみると、今ではいろんな製品が出ているようです。その中で、見た目がぜんぜんシャレてない、パソコンのファンかと思うような、ただ黒いだけの、実用性のみという雰囲気のものがあったのでそれをチョイスしてみました。値段もほかのものよりちょっとだけ高かったことから、やはり性能重視なんだろうと、意気込みを感じたのもあります。いい年したおっさんなので、格好は関係ありません。ただ涼しければそれで問題ありません。

熱中症対策研究所製のウェアラブル扇風機「抱っこファン」 Amazonで2,800円

この製品には、これまた安っぽい黒いプラスチック製の取り付けアダプターがついていまして、面テープのバンドでとめるという単純な方法で、帽子やら腰ベルト等あらゆるもに取り付けることができるようになっています。
しかし、これがその不格好さとは裏腹に想像以上にちゃんと機能して、私はザックの肩ベルトに付けているのですが、思った以上にしっかり取り付けられます。しかも扇風機の向きを自由に調整できます。試しに腰のベルトにも取り付けてみたのですが、想像以上にしっかり取り付けられます。伸縮性のある面テープのバンドによる取り付けではぐらついたりして不安定そうと思ったのですが大丈夫でした。
最初、腰に付けてみたときは、ブーンと音を発する扇風機を腰に付けた状態で外を歩いている姿を想像して、自分でうけていたのですが、実際に外に出れば街の騒音でファンの音はかき消されますし、誰も見向きもしないでしょう。

風量は3段階に切り替え可能です。屋内で使うのであれば一番弱いモードでも十分ですが、じっとしているだけでも汗をかくような夏の屋外ですと、最強にしたくなります。
風量はなかなか強く、実用的なレベルだと思います。強くすると騒音が大きくなるのと、バッテリーの消耗が早くなりますが、それでも4時間くらいはもってくれそうです。
取り付けアダプターには本体をただ差し込んでいるだけですので、取り外しに工具もいらず、本体をそのまま手で持って使えば、ドライヤーを送風で使うようにして体の好きな場所に風を当てることもできますし、服の中に風を送り込むこともできます。テーブルにおいて卓上の扇風機としても使えます。

付属の2000mAhのリチオムイオンバッテリーで動作します。USBで充電でき、スマホ用のモバイルバッテリーからも充電できます。内臓のバッテリーが尽きたらモバイルバッテリーから給電して使うことができるのも大きいです。これによってバッテリー残量を気にせず使えますし、丸一日回し続けることも可能になりそうです。
見た目はおしゃれとは言えませんが、実力重視のこの製品。夏によく外出をする人は手放せなくなるかもしれません。

2017年7月31日月曜日

家に帰ってから会社のパソコンのカメラの映像を見ていたら、やっぱりそうだったか

会社で使っているパソコンにウェブカメラが付いているのだが、その映像を自宅のパソコンにストリーミング配信する方法を思いついた。いつもだいたい定時に退社しているので、その後、どうなっているのか見てみたかった。特にいつも残業をしている人たちが何時ごろに帰っているのかに興味がある。会社に残って見ていたらいいだけのことだが、デスクがあるのはオフィスの端で、壁の方を向いて座っているので、部屋を見渡すには後ろを振り返る必要があるのと、なにより居心地の悪いオフィスでは落ち着かないので早く家に帰りたい。
家に帰って夕食を食べたりテレビを見たりしつつ、オフィスの映像を見ていた。最初の人は18時55分頃にオフィスを出た。次の人は19時5分頃。そのあとしばらくして21時頃。最終的に照明が消えたのは23時頃。
それで、あることに気が付いた。みんなだいたい時計の長針が上を向いている時刻に帰っているのだ。つまり19時頃や21時頃の前後5分以内の時刻に帰っている。これは、時計を見て帰るタイミングの頃合いを見計らっているからだろう。特にどうしても残業しなければならない理由があるわけでもないが、会社からの評価を気にして、なんとなく適当に残業しているのだ。チラチラ時計を確認しながら帰る時間を調整しているのだろう。
考えてみれば出勤時刻は守れるし、昼の休憩時間も、きっちり見れているのに、帰る時刻だけは、守れないというのは不思議な話だ。

なぜこのようになるのかは、想像がつく通りだ。日本の会社の労働環境はこういう無意味な残業が常態化している。この会社は残業手当の出ないサービス残業にもかかわらず、会社からの評価を気にしてある程度残業しているふりをしてから帰らなければならない。
こんなこと時間の浪費であり、つくづく不幸でしかない。

2017年7月26日水曜日

企業「残業手当ゼロ」、労働者「自由な時間」、夢の制度はなぜ実現できないのか

裁量労働制、高度プロフェッショナル制度、ホワイトカラーエグゼンプションと、さまざまに名前を変えて繰り返される残業代をゼロにするための取り組み。企業はこうした制度を導入してどうにかして残業代をなくしたいというのが本音だ。残業代がなくなれば、労働時間を増やし、一方で人件費は削減できる。企業にとってこれほどうまい話はない。

こうした制度は、みなし労働時間が定められ、働く時間や出退勤を労働者の裁量で自由に決定できることになっている。例えば出勤時刻をずらして通勤電車の混雑を避けるとか、平日しか行くことのできない役所の手続きに気軽に行ったり、仕事の合間にスーパーへ晩御飯を買いに行ったり、その日の気分で適当な時刻に退社したりと、ひょっとしたらそんなふうに勤務時間を自由にできると思われるかもしれない。時間を自分の好きなようにできるのなら、極端な話、昼夜逆転した生活に変えることもできる。1分でも勤務すれば一日勤務したとみなされるため、会社に出社だけしておいて、あとは家に帰って寝ていてもその日は完全に勤務したことになる。だがもちろん、会社に儲かってもらわなければ給料は出ないわけで、実際は、やることはちゃんとやるにしても、時間が自由になると聞けば、労働者は解放されたような気分になるだろう。それで、こうした制度を肯定的にとらえる労働者もいる。しかし、実際の運用では、労働者の自由な裁量によって勤務時間を好き勝手に決めることはできないし、企業側はそのように自由にさせるつもりはまったくない。例えば、朝礼、会議等への出席を求めることで出退勤の時間を事実上限定したり、外出に制限を設ける、出退勤の時刻を事前申請制にする等、あらゆる方法で、実質的に勤務時間を自由にできないようにするだろう。企業の目的は人件費の削減と労働時間の増加による生産性の向上およびコストダウンなのであって、従業員に労働時間を自由にさせたいわけではなく、むしろその逆で、時間を拘束して労働力を可能な限り使いきりたい。
実際、現状でも実施可能な裁量労働制においても、実態としては労働者の裁量のない疑似裁量労働制と呼ばれる形で運営されているものが大半だ。そうした職場では影響力のある労働組合が組織されていなかったり、経営者の意向に逆らえないような中小企業であったりして、労働者の意思は無関係で導入されており、残業手当を支払わなくて構わないという企業にとって都合のいい部分のみを利用する形で悪用されている。

こうした仕組みを制度化する際に、1000万円以上の年収等、収入による制限を設けることを条件とすることがあるが、それには労働者側の理解を得ようとする意図がある。最初は年収の制限を設けることで制度化の突破口を開き、後々制限を緩和あるいは撤廃するつもりだ。
1000万円以上であれ、なんであれ、残業手当を支給しないことによる労働者側のメリットはない。働く時間を自由にさせるということであれば、わざわざ時間をかけて制度化せずとも、企業が独自に今すぐ裁量を与えればよいだけのことである。

しかし、そもそも労働者に労働時間を自由にさせる制度を実効性のあるものとして施行するのはなかなか難しいのが現実ではないかと思う。

テレワークとか在宅勤務と呼ばれる勤務スタイルがある。これは会社に出勤せずとも、自宅やカフェ等からインターネット等を通じて勤務するというものだ。メールやメッセージ・通話ソフトを利用することで実現する。一部ではそうした勤務を導入している企業も存在する。
しかし、これも実際は普及が難しい。その最大の理由は、自宅勤務では会社勤務と同等レベルで、きちんと仕事に集中すると思われないからだ。会社であれば、会社の業務以外にやることはなく、周囲の目による監視があるため、否応なく職務に専念せざるをえない。たとえすることがなかったとしても、手待ち時間としてそこに居ることが求められる。企業は労働者の時間と場所を確実に拘束し、無駄なく使い切ることができる。
テレワークは、企業が労働者を信頼するか、信頼しなくても目に見える形で成果の分かるような職業でなければ、活用することは難しい。そうした職業は限られる。

少し異なるが、フリーアドレスという自分のデスクを持たず、自由な席で仕事ができる制度がある。その日の気分で席を変えることができるとすれば、嫌いな人の近くに居る必要がなくなるし、作業内容に応じてより適切な場所で仕事ができるようになる。
だが、これですら馴染まず四苦八苦するのが現実だ。デスクが固定されないと個人の所有物の置き場所や、室内のレイアウト等の問題もあるが、そんなものは些細なことで、最大の理由は労働者を信用できないというところにある。席を自由にさせると、上司の目の届かないところに逃げるようになるだろうし、デスクに座ってまじめに仕事をしていることを常時監視し続けることができない。やはり、勤務時間中は上司のすぐ目の前の席で管理、監視下におき、居場所と勤務時間を掌握しておかないと、管理者や経営者は安心できない。

企業はただ労働時間の増加と残業手当の抑制をしたいだけなのだが、その引き換えに労働者に労働時間の自由を与える必要がある。しかし、労働者に本当に労働時間の自由を与えることは非常に難しい。そこで企業は残業手当を支払わなくていいという、いいとこ取りをして、自由な時間という部分についてはあらゆる手段を講じて封じることを目論む。その結果、労働者は期待された自由を手にすることはなく、ただ残業手当がなくなるだけとなる。騙されたことに気付いた労働者は、その後どういう反応をするのかは分からないが、よくないことになる可能性もあるかもしれない。

勤務時間を労働者の裁量に任せるような制度は、制度化したからといって適用できるものではない。その前に適用できる職場環境であることが先だ。労働時間の自由の中で正常に事業を運営できる状態にできなければ成立しえない。また、それができるのなら、あるいはその方が適切だと言うのなら、制度化を待つまでもなく、経営者の判断ですでに自由な労働時間の運用に取り組んでいてもおかしくはなく。現状においても、残業手当込みの賃金にする等の手立てもある中、残業手当を支払うことがネックになるとは思えない。

無料で労働時間を増やせるというのは、企業にとって夢のような話だが、それでは当然労働者に理解されるわけがない。一方、労働時間が自由になるという点をアピールしすぎると、労働者は自由になることを期待する。その点に注目されすぎると、企業は本当に自由を与えざるをえなくなりかねない。
どうにも無理がある。

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